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ラジオ番組

サンデーラジオスペシャル まど・みちお ぼくがボクで良かったなぁ

番組ID
R03022
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放送日時
2006年05月28日(日)10:00~10:50
時間(分)
39
ジャンル
school
教育・教養
放送局
山口放送(KRY)
製作者
山口放送(KRY)
制作社
山口放送(KRY)
出演者
スタッフ
制作:村田俊子、構成:村田俊子
概要
詩人のまど・みちおさんは96歳。まどさんは、子どもは言葉に対して天才的なセンスがあると言う。言葉の響きを体で受け止めることができるからだ。昭和26年(1951)に作られた「やぎさんゆうびん」はナンセンスな詩だと思われがちだが、深いメッセージが込められていた。幼少時は家族と離れ、徳山で祖父と二人で暮らした。身の回りの小動物たちや遥かなものへの思いは、この頃芽生えたのだろうか。25歳の時、初めて書いた詩5編が北原白秋に認められた。今、まどさんは、五万とあるいのちの中で、一番ひどいことをしているのは人間なのにその反省がないことを悲しく思うと話す。20年前、まどさんは母校徳山小学校の後輩達に語りかけていた。「…ぞうさんがぞうさんであるということは大切なことなのですよ。人間が人間であるのが大切なのと同じなのですよ…」と。

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